「楽しい」が孕む危機。誰かの楽しいは、誰かの我慢の上にある場合も。脱「楽しくなければ」。フジテレビ。403

2026/05/13

こんにちは。伊藤緑です。

広報PRの仕事に関わって25年。
メディアが何を求めているか?
の視点を意識することが仕事なのですが、、、、、
実は、メディアが求めることが時に過剰では?
と思うこともあります。

「楽しい」とか
「インパクトがある」とか
など視聴率に繋がるだろうモノ。
ええーー。そこまでやる? みたいなこと。

PRより広報側の人間なので、
企業側の気持ちになります。
だから、メディアが求めるのは分かるけれど、
それはできないよね、という企業の思いが分かります。

そういう意味では、
PRに関わりながら、「メディアのため」と思う気持ちは他の方に比べて低いかもしれません。
特に今は、デジタルタトゥーの時代。
メディアに出られるなら、と思ってやったしまったことが、、、、、←そもそもその考えはかなりグレー。
ずっと残ります。

メディアに対して、出来ること、出来ないことは、
明確に伝えるのが広報の仕事。
これ危機管理広報です。

フジテレビが、脱「楽しくなければ」。
正直、個人的には私はテレビに楽しさを求めていないかもです。
情報を得られる場所のひとつと考えているかな、、、、

SDGsからSWGsに変わる時代。
Well-beingの時代なのです。

ウェルビーイング(Well-being)とは、身体的、精神的、社会的に「持続的で良好な(満たされた)状態」を意味する概念

楽しさの裏には、誰かの我慢があることは、きっと昔からある話。
実は、昨日も住宅街にある飲み屋の前で0時過ぎに騒いでいる大人たちの声が聞こえて「うるさい」と言いそうになりました。

楽しいと思っている人は、おそらく誰かの我慢に気づかない。
そして、100%の人が楽しいと思うことは、そもそもない。

何が放送されるかは、もっともっと難しくなる。

「その楽しさは、何のため?」 フジ、脱「楽しくなければ」へ新理念

広報ウーマンネット
広報PR・SDGsライター・SWGsライター
伊藤緑