コロナ禍で顕著になった、生きていくために必要とされる仕事ほど賃金が低い現実。

2021/02/10

コロナ禍で顕著になった、生きていくために必要とされる仕事ほど賃金が低い現実。

コロナ禍で見えた、人が生きていくために必要とされる仕事

2020年は、コロナという言葉で埋め尽くされた一年でした。そして、2021年も続くことは明らかです。変異を続けるウィルスは未来が読めない状態です。

2019年とはまったく違う現実を目の当たりにして、自分の仕事について考えた方も多いのではないでしょうか?

生きていく・生活をしていくために必要とされる仕事がはっきり見えたと感じています。そして、それらの仕事の就く方をエッセンシャルワーカーと呼ぶようにもなりました。エッセンシャルという言葉は「欠くことのできない」という意味です。正直、最初に聞いたとき“シャンプーの名前?”と思ったのですが、今では、エッセンシャルという言葉も当たり前に使われるようになったと感じています。

エッセンシャルワーカーとは?

コロナ禍で「欠くことのできない仕事」の一番は医療に関わる方だと思うのですが、今回は医療に関わる方以外で書かせていただきます。

改めてエッセンシャルワーカーを呼ばれる方は、どんな職業の方なのかを確認します。繰り返しになりますが、エッセンシャルワーカーは「生活維持に欠かせない職業に就いている方々」のこと。

具体的には、介護士・保育士・金融機関の職員・小売店の店員(コンビニエンスストア/スーパーマーケット/ドラッグストア)・公共交通機関の職員・トラック運転手・宅配便の配達員・電気/ガス/水道などライフラインに関わる事業者・ごみなどの廃棄物を処理する事業者・清掃業者・農業や漁業など第一次産業の従事者・食品や衛生用品などの製造に関わる方などではないでしょうか。もちろん、ここに書いた方以外にもいらっしゃると思います。

これらの仕事をしてくださっている方々は、見えるところ、見えないところで、私たちが毎日生活していくために必要な仕事をしてくださっています。今、私がPCで記事を書くことができ、ネット上にアップすることができるのも、通信会社の方が管理してくださっているからです。そして、手を洗うための水、石けん、衛生用品は以前から欠かせないものでしたが、より大切なもとだと意識するようになりました。そして、生きていくための食品。畑で野菜が作られる、海で魚が釣られたり養殖される、そして加工され流通されて販売される。その流れも、エッセンシャルです。これまで当たり前すぎて考えなかったこともあるくらいです。そんな大切な仕事をしてくださっているのに、この職業についている方の報酬が高額であるという印象を持つ人は少ないのではないでしょうか? ブルーカラー・ホワイトカラーをいう言葉で表現されることがありますが、肉体労働に従事する労働者であるブルーカラーと呼ばれる方が多いことが関係していると感じます。

コロナ禍で必要とされる仕事をされている方々は、感染リスクも高く、直接クレームを受けるためにストレスフルになることもあります。心身ともにキツイ状態です。それが1年近く続いています。平時であれば、このようなことを考えなかったと思います。しかし、有事の今、彼らが受け取る報酬は果たして打倒な金額なのか? と考えてしまいます。

報酬(給与)の仕組みはいったいどうなっているのか?

「多種多様な職業の社会的価値を実際にすべて測定しようと試みた経済学者は、ほとんどいない。」という言葉で始まる記事を読みました。そして、有用性(ユースフルネス)という言葉を知りました。

この記事に書かれていた言葉です。
「人のために働く職業ほど低賃金」な根深い理由 看護師、病院の清掃員、保育士、教師…
そして、以下のようなことが書かれています。

“他者のためになる労働であればあるほど、受け取る報酬がより少なくなるという一般的原則が、強力に裏づけられている。”
“社会に便益(ベネフィット)をもたらす人間は多くの報酬を受けてはならぬ、という考えは、倒錯した平等主義とすらいえるかもしれない。”
やりがい搾取!?

「誰かのために働く仕事は報酬が少ない」という言葉で浮かんだのは「やりがい搾取」です。誰かのために働くことに喜びを感じているから、安くても働くでしょ、という考えともいえます。特に、保育士・教師・介護士の方などは、まさにそんな気がしています。教師の方の仕事量の多さは、コロナ禍前から問題になっていました。そして、保育士は人手が足りていないのが現実です。待機児童が多いのもコロナ禍前からいわれていることです。

そんなときに出たニュースが、以下です。
保育士「全員パート化」容認が招く現場の疲弊 政府は「保育士不足解消」の一手としているが…

保育士の仕事は幼い子どもの命を預かる仕事です。子どもたちは、社会のルールをまだ知りません。だから思いがけないことが起きます。そんな子供たちを預かる人たちは、毎日が命がけです。気が休まる時間がないのではないかと思います。その仕事のパート化というニュース。人出不足解消のためですが、人件費を抑えたいという理由があるのであれば悲しいことです。仕事の責任に見合う報酬を、と思うのです。

また、コロナ禍でレジハラ(レジハラスメント)、カスハラ(カスタマーハラスメント)という言葉をよく耳にするようになりました。単純作業に見えても、どんな仕事にも技があります。誰にでもできるように見える仕事かもしれませんが、実はそうではないことを、私自身、2020年に経験しました。自身がやってみないと語れない、という思いで経験したことです。幸い、苦しむほどのハラスメントは受けていませんが、これはキツイと思ったことはあります。2020年は働くということが変わった年。仕事に対する意識も変わった年です。

「生きていくために必要とされる仕事ほど賃金が低い現実」は、これから考えていかなければならない問題だと感じます。目標16 「平和と公正をすべての人に」は、紛争や性的な差別だけでなく、誰かのために働く仕事をする人への姿勢も含まれると感じています。

記事執筆:伊藤緑(広報ウーマンネット 代表)